ビスポークシャツ「ドレスシャツ」レビュー

店主
林 倫広
池田亮さんに仕立てていただいたビスポークのドレスシャツが完成しました!仕上がりの様子、そして何回も着て洗ってを繰り返した感想を書かせていただきました。ぜひご覧ください。
後編ではドレスシャツの仮縫いの模様をご紹介させていただきました。
今回はその仕上がりをご紹介させていただきます。
完成
生地は初体験のスイスはアルモ社の120番手双糸のポプリン。とにかく淡いサックスブルーということで池田さんにお任せしたところ、こちらをご提案いただきました。
池田さんも生地の中で一番好きだというアルモ。今までアルモの生地で仕立てたシャツは着たことがなかったのですが、仕上がったシャツを何回か着るうちにお勧めいただいたわけがよくわかりました。
生地が滑らかでしっとりとしているため、柔らかく肌に馴染みます。この特徴は洗濯を重ねても失われるどころか、ますます着心地が良くなるように感じます。トーマス・メイソンに代表されるドライでハリコシのある生地の質感が昔から好きでしたが、これからはウェットな質感にはまりそうです。
生地選び然り、後述しますがシャツの芯のことなど、自分の固定観念が覆されて価値観が広がるところに、既製のシャツとは異なるビスポークの面白さが潜んでいます。
ディテールを見ていきましょう。
アームホール。
肩の上に来る部分は縫い代を太く、耐久性を重視。脇に向かうに従って細くなるように作られています。脇の下の縫い代が細いことで、腕を下ろした時にも縫い代が干渉しません。
そして、大抵の仕立ての良いジャケットはアームホールが小さく作られていますので、そういったジャケットの下着としての役割も考えてのこと。
工夫は縫い代の太さだけではありません。ステッチをよく見ていただくと、基本のステッチは手縫いですが、脇下の一部分だけミシンステッチに切り替わっています。
アームホールのステッチを手縫いにすることで縫い目に遊びが生まれ、それがわずかな伸縮性を生み出し、固定力のあるミシンステッチよりも柔らかい着心地になります。
ただし、腕を上げた時など動作によっては強いテンションがかかる脇下については、より強度のあるミシン縫いが適しているという判断です。オーダーシャツと違い、手間暇を惜しまないビスポークシャツだからこそのディテールに、池田さんの合理的な判断が光ります。
オフセットスリーブ。
ビスポークシャツレベルだと当然のディテールかも知れませんが、袖と身頃を別々に縫って、袖を後付けしています。袖の縫い目と身頃の脇縫い目がずらしてあるのが、見た目の特徴です。
一般的な既製のシャツやオーダーシャツは、一部の仕立てにこだわったシャツを除いて袖の縫い目と身頃脇の縫い目が繋がっています。この最も長い縫い目を一気に縫えるので、作業効率は格段に上がることは容易に想像できます。逆に言うなら、オフセットスリーブを採用しているシャツは、とても手間がかかっています。
なぜわざわざそんな手間をかけるかと言いますと、まずは袖の縫い代と身頃の縫い代が重ならないので、脇の下で縫い代が厚くならず着心地が良くなるというメリットがあります。
また、袖の付ける向きが身頃の脇縫い目の位置に縛られることがありませんので、腕の自然な動きに沿うよう前振りに付けられる、というメリットも見逃せません。
衿は気持ち小ぶりのワイドスプレッドカラーをリクエスト。柔らかい印象がありながら非常にシャープな一面も持ち合わせているのが、池田さんの衿の特徴だと感じました。ネクタイの収まりが良く、私が持っているジャケットのゴージラインとの相性もばっちりのお気に入りの衿。手持ちの服や求める雰囲気に合わせた自分好みのオリジナルの衿を作ってもらえるのは、オーダーシャツと言えども真似のできないところです。
衿の端に打たれているステッチもご覧ください。池田さんのシャツのステッチ幅の基本は端から3mm。一般的な既製のシャツやオーダーシャツのステッチ幅と比べると細く、それが精悍な印象を与えてくれています。
芯についてもお話を。シャツには必ず、衿とカフスに芯が入れられています。RYO IKEDAの芯は生地と芯が離れているフラシ芯ではなく、トップヒューズとも呼ばれる接着芯が基本。私は昔からフライやルイジ・ボレッリなど一部の例外を除いて「良い仕立てのシャツ=フラシ芯」という固定観念があり、自身のオーダーシャツも全てフラシ芯でしたので、最初に池田さんから接着芯を提案された時は驚きました。しかし今回のアルモをはじめ、細番手のキメの細かい生地であればあるほど、永久接着芯のアドバンテージが大きいことを、経験してみて分かりました。
フラシ芯はステッチで止まっている部分以外は生地と芯が離れているため芯の固さにもよりますが、全体的に柔らかく、自然なシワや波打が生まれます。それに対して、接着芯は生地と芯の間に隙間がなく、それは洗濯を繰り返しても変わりません。そのため、フラシ芯だと必ず多少のシワが生まれる衿羽根のカーブしている部分にも皺が出ずに、パリッと端正に仕上がります。生地やお好みによりますが、特にドレスシャツには接着芯はおすすめです。
ギャザーの入った袖がパリッとしたカフスに集約される様子が好きです。
衿と同じく端正な接着芯のカフス。円錐形のカーブカフスで、ぴったりと手首に馴染みます。
一般的な剣ボロより細いのが上品な印象のRYO IKEDAの剣ボロ。池田さんは剣ボロにボタンを付けないのがスタンダードですが、私は手首が剣ボロの隙間から覗かない方が好みなので、付けてもらいました。池田さんのお勧めはありつつ、こちらのリクエストに柔軟に対応いただけるのも、RYO IKEDAのビスポークシャツの魅力です。
衿ではなく、前立ての裏に付けられた小ぶりなブランドネーム。奥ゆかしいです。
脇の折り伏せ縫い。
高級なビスポークシャツと聞くとものすごく細い折り伏せを想像される方もいらっしゃるでしょうが、RYO IKEDAの折り伏せ縫いはおおよそ4mm。
私も初めは細い折り伏せを勝手に想像していたので意外でしたが、その縫い代の平坦さと柔らかさを見て着て納得。1〜2mmの極細の折り伏せにしようとすると、どうしても縫い代の重なりが多くなり、折り伏せがとても固くなります。あえてこの太さにすることで縫い代の重なりが少なく、そのために縫い目がフラットでとても柔らかい仕上がりとなるのです。強度面でも安心感があります。
見た目重視なら極細の折り伏せもありでしょうが、あくまで本質を貫く池田さんの姿勢が表れています。
裾の三つ折りもさすがの美しさ。脇の折り伏せ同様、フラットなのでタックインする際に滑らかで、パンツの中でももたつきません。
ギャザー仕様。
私のシャツは背中と袖付根、袖口にギャザーを入れてもらっています。池田さんのシャツはギャザーを入れなくても十分な運動量を確保できるのですが、個人的にこのギャザーの表情豊かな雰囲気が好きなのでお願いしました。
端から端までたっぷりと入ったギャザーはハンドメイドならではで、ジャケットを脱いでシャツ1枚になった時にも存在感があり気に入っています。
着用
袖を通しました。まず特筆すべきはゆとり加減がちょうど良いこと。オーダーメイドのシャツというと体にぴったりとフィットした仕上がりをイメージされるかも知れませんが、体に沿わせるといった方が正しい表現かも知れません。
衿やカフス、肩幅、フロントのバスト、アームホールはジャストサイズで合わせつつ、それ以外はしっかりとゆとりが入れられています。この締めるところは締めつつ必要なところにゆとりが入っている作りが、なんとも言えないメリハリの効いた着心地の良さを生んでいます。
丈について。ドレスシャツですので、着丈はお尻の下まで来る丈。スラックスにタックインした際の下着としての役割と共に、シャツの裾がスラックスから間違っても出て来ないように、伝統的な長めの丈になっています。
袖丈も必要なゆとりがたっぷりと入っています。カフス周りをぴったりとさせている分、腕を前に出した状態でカフスが引かれないだけの運動量が計算されています。
身頃のゆとりや丈と比べると見過ごされがちなのが反屈伸。
シャツはボタンを止めると筒状になりますので、その筒が体の向きと合っていないと、反身だと背中に生地が溜まって前身頃は胸に引かれたようなシワが出ます。逆に屈身だと後ろ身頃が跳ねて、前身頃が溜まってシワが出るようになります。
ピタピタのシャツだとこのあたりは気にしなくて良いのでしょうが、やはり前後ともに筒の向きが体に合って綺麗に生地が落ちている状態は見た目に美しく、着心地も格別です。このレベルの体型補正は既製のシャツはもちろん、オーダーのシャツでも対応が難しい、逆に言うならビスポークならではの強みでしょう。
私の好みで、背中にたっぷりのギャザーを入れてもらいました。
これはギャザーというよりヨークの部分を使った工夫ですが、肩甲骨の部分が立体的になるよう作られているので、肩甲骨が大きい方でも背中にシワが出ずストレスがありません。
RYO IKEDAのシャツの着心地の良さは総合的なものでどこか1箇所を挙げるのは難しいですが、このヨークを用いた背中のボリューム作りは、前肩と並んでオーダーのシャツとの違いを感じられる大きなポイントだと思います。
ギャザーの雨降りでやや分かりにくいですが、肩の傾斜が合っているため背中の生地がきれいに落ちています。上記した反屈伸が合っている為お尻に後ろ身頃が当たらず、自然に沿っています。理想的な背中です。
腕を思い切り前に出しても背中のゆとりが不足することはありません。前身頃はすっきりと体に沿わせて、後ろ身頃にたっぷりゆとりを入れるのが、ドレスシャツの定石。
星のように並んだ様子がチャーミングなアームホールのハンドステッチ。ギャザーと共に、ハンドメイドならではの見どころ。
ヨークを上から見たところ。ジャケットと違い肩線が無いので、肩の傾斜などシャツの土台となる部分はヨークが担っています。
まるでジャケットの雨降り袖のようなギャザーもお気に入り。
アームホールを前から見たところ。さすがビスポークならではのアームホールの浅さ。そして、この脇に向かって袖付の縫い代が細くなっていく様子が大好きです。ハンドステッチがそこに花を添えてくれています。
ぴったりと手首にフィットするカフス。衿と同じく接着芯でパリッとした仕上がりが気持ち良いです。ギャザーの入った袖とのコントラストも鮮やか。
絶妙な外回り分量で首に沿う衿。鎖骨に当たらないよう、抉れたカーブ。細かい3mmステッチも美しいです。
ビスポークスーツのゴージラインとの相性も考えて、控えめなセミワイドに。これは後で気づいたのですが、ノーネクタイでボタンを開けた時の表情も格好良く、今まで自分には似合わないと思っていたノーネクタイのスタイルを、コーディネートに積極的に取り入れられるようになりました。
裏前立て。胸ポケットは無し。王道のドレスシャツのスタイル。
シャツ生地は伸びないので、突っ張らないようにゆとりを入れる必要があります。このゆとりが、カフスや衿など芯が入ってキリッとした部分とギャップを生んで、シャツならではの独特の風情となります。良いシャツには良いシワが沢山入ります。
腕を前に出しても裾が上に引っ張られないので、当然シャツの裾がパンツから出てきにくいです。袖のゆとりがしっかりと計算されています。
着ていると何回も繰り返すこの動作にできるだけストレスが無いことが、着心地を左右します。
カマ深が浅いアームホールはとても腕が前に出しやすいです。多すぎるかなと思うくらいの背中からダキにかけてのゆとりが総動員されているのが分かります。
RYO IKEDAのこだわりの一つに、「背中にダーツを作らない」というのがあります。ウエストをシェイプさせたい場合、背ダーツを作れば、脇の縫い目は直線的に保ちながら、比較的容易にウエストを絞ることができますが、その代わり背中に縫い目が出来てしまいます。背中に縫い目が無いシャツは柔らかく素直に生地が落ちますし、やはりできるだけ縫い目が無い背中の方が、柔らかくストレスの無い着心地となります。
背ダーツに頼らず脇の縫い目でウエストシェイプを作ると言うのは簡単ですが、その分脇の縫い目が曲線になってくるので、高度な縫製技術が必要となります。
浅いアームホールからシェイプしたウエスト、腰の膨らみへと繋がる有機的な脇のライン。背ダーツを使わないためにカーブさせた脇の縫い目。こだわりが独特の美しさに繋がっています。
お尻に向かって振り込まれている裾。こうすることによってシャツの裾がお尻の下に収まり、裾がパンツからはみ出るのを防いでくれます。
裏に四角く縫い付けられたガゼット。ガゼットは脇の縫い止まりの補強布のこと。高級なドレスシャツとなるとブランド名が入ったラグジュアリーなガゼットがこれ見よがしに縫われているのをイメージしますが、あえてのこの奥ゆかしさ。シャツの本質を見て欲しいという静かな主張を感じて好きです。
肩に登ってくる袖山。実際の肩幅よりも内側にシャツの袖付が来るように設計されています。それにより前肩の突出した部分が縫い目を避けて袖の膨らんだ部分に来て、前肩が当たるストレスがありません。袖の上部は前後にたっぷりとゆとりが入っていて、その袖のゆとりが肩の厚みを包み込んでくれます。
ただし、前肩にいくらゆとりがあっても肩甲骨など後ろ身頃のゆとりが足らずに結果として前肩が当たってしまうこともあります。池田さんのシャツは前述したように背中のボリュームをヨークを使って出すことで肩甲骨対策もばっちり。狭い肩幅でスッキリと見せつつ、前後にボリュームがあるので快適な着心地という、文句無しの設計です。
中に入った肩と小さく高いアームホールはまた、ジャケットを上に着る前提のドレスシャツに必須の条件です。アメリカントラッドに代表されるような、大きめの肩にゆったりとしたアームホールのシャツも風情がありますが、特に上質のメイドトゥメジャーやビスポークのジャケットの小さいアームホールには決して相性が良いとは言えません。
本分を分かっているドレスシャツは、身頃に程よいゆとりを入れつつ、肩とアームホール、袖はジャケットの設計に寄り添うよう、コンパクトに作られるものだと思います。
私の肩の先が袖に包まれているのがお分かりになるでしょうか。胸にも立体的なゆとりがあり、胸を開くような動作をしても突っ張ることがありません。
こうした着心地とジャケットとの相性を徹底的に考えて設計されたビスポークシャツは、そのディテールが積み重なってとても風情があるものになります。フィットしているけれど余裕を感じさせる、独特の雰囲気をまといます。
感想
池田亮さんのビスポークシャツをワードローブに迎えてしばらく経ちますが、見た目と着心地共に良く、つい手が伸びて着用頻度が高くなります。メイドトゥメジャーのシャツも大変着心地がよく、あえてビスポークシャツをお願いする意味があるのか、違いを実感できるのかという心配がありましたが、着てみることでその価値と違いが分かりました。
夏はジャケットを着ずにノーネクタイで通勤や移動をすることが多いですが、ビスポークシャツはシャツ1枚でも様になり、自信を持っていられます。シャツにスラックスというありふれたスタイルですが、適度なゆとりと手仕事による繊細なディテールのシャツが別格の雰囲気を醸し出してくれます。着心地の良いシャツがその日1日を気持ち良いものにしてくれます。
新品のシャツも良いですが、洗って着てを繰り返したシャツはますます体と気持ちに馴染みます。RYO IKEDAのビスポークシャツはしなやかでありながら堅牢に作られています。洗濯機でガシガシ洗ってもびくともませんし、10回以上着てもボタン一つ緩んでくることがありません。
シャツを消耗品として捉えると、ビスポークシャツは高価で現実的でないように思えるかも知れません。しかし一度着てしまうと、そのクオリティからするととてもリーズナブルであるとお分かりいただけると思います。
シャツは衿とカフスから痛んできますが、RYO IKEDAのビスポークシャツはお客様の残布を全て池田さんが保管していますので、衿やカフスの交換が可能です。大抵は定番の生地ですので、残布が足りなくなったら取り寄せて交換することも可能です。そう考えると、かなり長く着ていただけるのがお分かりいただけるのではないでしょうか。
中には毎日身につける方もいらっしゃるであろうシャツ。だからこそ、本当に体に合ったビスポークシャツを着られるはいかがでしょうか。普段身につけるものだからこそ、その違いに感動いただけると思います。服の究極の役割は、着る方に人生を幸せに穏やかに過ごしていただく手助けになることだと、私は思っています。着心地よく格好良いビスポークシャツを着ていただけたら、毎日をさらに幸せに過ごしていただけること請け合いです。
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RYO IKEDA Bespoke Shirt
価格:49,500円(税込)〜
生地:アルモ、アルビニ、トーマス・メイソン、ソクタス、カンクリーニ、ソルビアティ、スペンス・ブライソン、カルロ・リーバetc.
納期:約4ヶ月(仮縫いまで2ヶ月、その後完成まで2ヶ月)
※2着目以降の納期は、仮縫いが無ければ約2ヶ月
※受注状況により多少変動しますので、ご了承下さい。
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ザ・ドレッシング・ラボでは1〜2ヶ月毎にビスポークシャツの採寸会を開催しております。日程が合わない方については個別のご予約も承ることが可能ですので、お気軽にご相談ください。