キャメルヘアで仕立てた人生初のビスポークコート。「ダブルチェスター コート」
大好きなダブルチェスターコートを、ビスポークでオーダーしました。私らしいディテールに、思い描いた通りの生地との出合い。一生付き合っていきたいコートが完成しました。ぜひご覧下さい。
オーダーの動機
コートは弊店のステンカラーコートやラグランコート、スプリタムコートを愛用していますが、チェスターフィールドコートは、10年以上も前にオーダーした、ネイビーのダブルチェスターコートが1着だけでした。
ドーメルのウールカシミアで仕立てた相棒は、一緒にイタリア出張にも行った思い出深い1着ですが、ヘビーユースで着古したことに加え、まだ若かった事もあり、かなり細身に仕立てたため、独立後は登板機会がなく、クローゼットで他の服たちを見守ってくれています。
ビスポークラインがスタートして早1年。自分自身もビスポークの魅力にのめりこんで、続けて3着スーツをオーダーしたところで、次の候補として浮上したのがコートでした。軍物などカジュアルなコートの仕立ても得意とする小島氏、オフでも着られるダッフルコートなども魅力的でしたが、人生初のビスポークコートは、王道だけれど自分に取ってハードルの高い、チェスターフィールドコートで行きたいと思いました。
チェスターコートにはシングルとダブルがあり、どちらも素敵ですが、私は特にダブルチェスターコートが好きです。
なぜダブルが好きかというと、ダブルのボリュームや太いピークドラペルなど、シングルよりも大きいパーツで構成された見た目が、小柄で痩せ型の私でも多少体格を良く見せてくれるのと、フロントの生地がしっかりと重なることによる防寒性、何よりも包まれているような安定した着用感が理由として挙げられます。
一方で、シングル・ダブル問わずチェスターコートには、私にとって苦手な点もあります。ステンカラーコートやラグランコート、トレンチコートなどは、主に軍服をルーツに持つ、カジュアルなコート。それゆえに気軽に着られるのに対して、チェスターフィールドコートは、最初に考案した伯爵の名前をコートの名前にしている通り、貴族のお洒落着として生まれた、エレガントにしてフォーマルなコートです。それは、チェスターコートの地位を他のコートよりも高めていると同時に、取っ付き難くもしていると思います。
今回はせっかくのビスポーク、この「取っ付き難さ」を緩和して、自分らしいダブルチェスターを仕立ててもらうことにしました。
コンセプト
一言で表すと「私らしいダブルチェスター」。まるで祖父からのお下がりの様に、格好をつけ過ぎず、かっちりせずに柔らかさがあり、着心地も見た目もリラックス感があって、カジュアルなコーディネートにも合わせられるダブルチェスター。こうやって挙げていくと、「その要素をダブルチェスターに求めるのはどうなの?」というツッコミが自分で自分に入りますが、だからこそのビスポークです。思い切って職人の小島氏にぶつけてみました。
自分のイメージに近い、古着のダブルチェスターの画像と共に、上記のコンセプトを職人の小島氏と共有しつつ、小島氏の方でも、豊富なアイデアの引き出しの中から、あえて王道のダブルチェスターらしからぬギミックを提案頂いて、これまでに無いダブルチェスターの構想がまとまっていきました。
生地
コンセプトを実現するのに、生地も非常に重要です。今回選んだのは、伊Piacenza(ピアチェンツァ)社のベイビーキャメルヘア。"DUNES(デューンズ)"というコレクションよりセレクトしたもので、キャメルヘアつまりラクダの毛で織られた生地になります。
ダブルチェスターをオーダーするとなった時には、色はミッドナイトブルーにしようと決めていました。ただ素材は当初カシミヤで検討していました。「一生もののダブルチェスターコート」となると、やはり最上級のカシミヤで仕立てたかったのです。
ただし、カシミヤでミッドナイトブルーですと、ご想像の通り、どうしてもエレガントさやラグジュアリーさが際立ちます。「間違いなく素晴らしいコートになるけれど、求めるコンセプトからするとどうだろう」と迷っていたところに出合ったのが、ピアチェンツァのキャメルヘアでした。
まず色がドンピシャでした。ミッドナイトブルーの中でも、少々くすんだ色合いで、青さよりも黒さが勝っています。キャメルヘアは羊毛と違って脱色ができない素材です。そのため、ラクダの毛本来の色を活かすか、もしくはキャメルの色が出ない様に濃く染めるしかありません。キャメルヘアのコート生地に、キャメルカラーと、せいぜいネイビーかブラックくらいしかないのは、そのためです。このキャメルヘアならではの、カシミヤにもウールにも無いブラックに近いネイビー(ミッドナイトブルー)は、まさに思い描いた色でした。
質感も独特です。カシミヤは鱗状の光沢や滑らかな美しい毛並みが特徴的ですが、キャメルヘアはモフモフとしていて、マットです。この光沢の無さ、上品な野暮ったさが、コンセプトにぴったりでした。
ディテール
仮縫い、中本縫いを経て、念願のダブルチェスターが完成致しました!
早速着てみました。
丈はすっぽりと膝が隠れる、膝下丈。シルエットはゆったりと、昨今の一般的なチェスターコートのフィッティングからすると、かなりウエスト周りにゆとりを入れています。肩幅も限界まで大きめにして、ゆったりとしたリラックス感を強調しています。
ダブルチェスターの場合、ピークドラペルがお約束です。このピークドラペルの味付け次第で、雰囲気はがらっと変わります。ピークの角度を低めに、剣先も丸くして、柔和な雰囲気に。また、ラペルと上襟の間の隙間を大きくすることで、素朴な雰囲気にしています。
ラペルのロールにもこだわりが。今回はラペルの返りを、強く返るように設定しています。それによって、段返りの様に、第三ボタンをかけて着ることもできます。少々崩した着方になりますが、通常の第二ボタンをかけて着るよりも、リラックスした雰囲気を出すことができます。こうやってラフにポケットに手を突っ込んだポーズが合う様に思います。
腰ポケットはほんのわずかに傾斜をつけた、「スラントポケット」にしています。手持ちの洋服では、スラントポケットは初です。本来スラントポケットは、乗馬の際に出し入れがし易い様にと考えらたディテールです。あえてこのスポーティーなディテールを取り入れることで、ダブルチェスターの固さをほぐしています。ただし、この写真ですとかなり傾斜がついている様に見えますが、前から見ると言われると気付く程度の、絶妙な角度となっております。自分一人だと決して思いつかなかったであろう、「ダブルチェスターにスラントポケット」は小島氏からの提案。この辺りもビスポークならではの化学反応と言えるでしょう。このさり気ない工夫は、食わず嫌いだっただけに、とても気に入っております。
この画像にはもう一つポイントが。よく見て頂くと、腰ポケットの下辺りに通常あるはずの、脇の縫い目がありません。一般的にチェスターコートは①前身頃、②細腹(さいばら)、③後ろ身頃の3面体で仕立てられますが、こちらのコートは細腹を無くして、前身頃と後ろ身頃だけの2面体で仕立てられています。3面体に比べて縫い目が減る分、立体的に仕立てるのが難しくなりますが、よりシンプルでソフトな見た目となります。何より、誰にも気づかれないポイントに高度な工夫が施されているのが、ビスポークならではの面白さを感じます。
背中のディテールも、コンセプトに忠実に。バックベルトに目がいきますが、最大の特徴は左右に大きく畳まれた、アクションプリーツ。
「ポロコート」などのスポーツ用のコートに見られるディテールを盛り込みました。チェスターコートというと、端正なバックスタイルが一般的ですが、プリーツを入れることで、スポーティーで表情の豊かな後ろ姿になりました。あくまでダブルチェスターコートの品位を損なわない、絶妙なハズシになっていると思うのですが、いかがでしょうか。
バックベルトのデザインも、遊べるポイント。今回は丸いカットで、ソフトさを演出しています。
撫で肩に見える、ショルダーライン。肩パッドは入れずに、肩幅を大きく、やや落とし気味にしています。上襟の「のぼり」との相乗効果で、肩の丸みを強調しています。この角度からの見え方、大好きです。
一生もののビスポークコート
小島氏の素晴らしいリードのもと、一生もののコートを手にすることができました。自分が思い描いたダブルチェスターコートより、何倍も自分の好みに近い、まさに想像以上のコートが完成しました。トップクラスの仕立てと生地の組み合わせにより、本来はとても高級でありながら、決してそうは見えずに自然体で着られる、不思議なコートです。また完成早々から、長年着込んだかの様にしっくりと体に馴染むコートです。このコートも私も歳を重ねて、セーターの上にこのコートをばさっと羽織って、喫茶店で新聞を読みながらコーヒーを飲んで、みたいな妄想をするのも楽しいです。
今回のビスポークコート体験を経て、改めてビスポークの良さを実感しました。既製服に対してのオーダーメイドのアドバンテージとは、単に好きな生地やディテール、お客様に合ったサイズで服をお仕立てするのに止まらず、お客様の求める味付け、お客様の求めるキャラクターに服をチューニングできることにあると思います。きっちりと対話を経たビスポークのチューニング精度は、極めて高いです。
それは、型紙を一から引くことも理由としてありますが、何よりも、1stフィッティング、仮縫い、中本縫いと、最低3度もお客様とお会いしてコミュニケーションを重ね、短くともトータル3〜4時間をご一緒に過ごして仕立てが進行することで、お客様のイメージがイメージ通りかそれ以上に具現化できるところにあると思います。オーダーしたい服にとどまらず、お客様ご自身のキャラクターに対しても理解が深まっていきます。それが、完成して袖を通して頂いた時に、「そうそう、こういう服が欲しかったんだ!」という、ちょうど良い仕上がりに繋がるのだと思います。
人と人が対話し、理解と信頼を深めれば深めるほど、良い仕上がりにも繋がる。オーダーメイドって素敵だなと改めて思いました。そして、小島氏の仕立てる服の一番のファンとして、次の仕立ても仕込み中です。またご紹介して参りますので、お楽しみに。